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カテゴリ:ファミリー( 12 )
告別式の朝の柏葉紫陽花

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母のお通夜が営まれた晩、「my family」と呼べることを幸せに思う5人で自宅に戻って、母/祖母を偲びました。(母のお見舞いに)美味しい桃のネクターをいただいていたので、ベリーニをつくってみんなで乾杯。それぞれが持ってきてくれたお菓子(東京のヨックモックと横浜のビスカウト)や葡萄をつまみながら、結局は食べ物の話で盛りあがり、横浜組(息子夫婦)が次々とベリーニをこぼして大笑いしました。

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翌朝、午後からの告別式までたっぷり時間があったため、わたし(&早起きに慣れている息子)以外はみな朝寝坊を決めこんでいましたが、わたしは早朝から開いている近くのパン屋さんへ。パンを仕入れた帰り、いつもお花が目を引くお宅の玄関先に「ご自由にどうぞ」と書かれた柏葉紫陽花の入りのバケツが置かれていました。幸運にもまだ2本…。1本とって、窓際でこちらを見ていた猫に思わず、ありがとう、を。

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青空が広がり、空気もさわやかで、気持ちのいい朝でした。母に永遠のお別れをいう哀しい日ではあったものの、気分はどこか晴れやかですらありました。それから子どもたちを起こし、コーヒーを淹れて、簡単な朝食…。わたし個人の家族が「マキシマム」で集まって朝食を食べるのは初めて。こんな日のためにとエクステンションつきのテーブルを買ったというのに、ああ、テーブルを伸ばすのをすっかり忘れてた!
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お母さん!と、ことあるごとに写真に向かって呼びかけているものの、もう返事が返ってこない寂しさを日々味わいながら、母亡きあと、娘としてそして喪主としての仕事をボチボチはじめています。これまでは自分の時間を見つけることが難しく、なかなかできなかった自分の家の用事などと交互に、母の他界にともなう精算やら手続きやらも(いちばん面倒な相続関連の手続きは、とうぶん手をつけたくない感じ…)。
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もっとこうしてあげればよかったのに、とか、ありがとう&ごめんなさいをもっと素直にいうべきだったのに、などという反省は多々あるけれど、ひとりで暮らせなくなった母の世話をしてきたことに後悔はありません。いろいろ不足だったでしょうけど、自分なりに尽くしました。とはいえ、やっぱり後悔するのは、照れくさすぎて、母が生きているあいだにこれを一度も言えなかったことです――お母さん、大好き。


あたたかいお悔みのメッセージを、ありがとうございました!!



little moa の新曲、いい仕上がりです!(と、ちょっと親バカぶり):


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by serendipity_j | 2017-06-08 17:51 | ファミリー | Comments(3)
mitsouko

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わたしに法事の(夢の)話をした夜に母の容体が急に悪化し、翌朝訪ねると、ふたたび酸素マスクを着用していました。それでもまだ話もでき、食事もひと口かふた口は口に入り、コーヒーが飲みたい、と言える力も。それから日毎に力がなくなりました。アイスクリームさえ喉をとおらなくなり、声を出せなくなり、見舞客に振っていた手をあげられなくなり、指も動かせなくなり、眼を閉じたままうなずくだけになり、ついには反応できなくなり…。それでも看護師さんが言うように、ひとの声はちゃんと聞こえているようでした。

母は死ぬのかもしれない、という思い半分、今回もまた回復するはず、という思い半々で、朝8時半から夜の9時前まで、毎日ベッドの傍らで過ごしました。もし回復できないのだとしたら、傍らで死を待つだけの時間はなるべく短くしたいという思いが強く、そしてどこかでまだ希望を持っていたため、死期が近い兆候が表れるまでは装置の音しかしないシーンとした個室には移らずに、一般病室の患者さんたちの(かなり面白い)お喋りを母にも聞かせたいと思いました。そうすることでわたし自身、だいぶ気が紛れるからです。

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急変すれば個室に移し、病院からも連絡が入ることになっているので、お別れはまだまだ、と信じ、帰宅するときには母に「朝一番でくるから待っててね」とかならず声を掛けて病室を出ました。母との会話がなくなり、大半を横に座っているだけの看護が始まってから一週間目の雨の日の朝、雨でバスが遅れ、「遅くなってごめんね」と母の耳元に囁きましたが、骨と皮だけだった細い手足が腎臓の機能が低下しているせいでますますむくんでいた以外は顔色も悪くなく、看護師さんも「大きな変化はありませんでした」と…。


すぐにベッド周りのお掃除が始まり、わたしは看護師さんとお喋りをしながら邪魔にならないよう、ベッド脇を離れて病室の窓から通りを見下ろしていました。すると突然、母の変化に気づいた看護師さんが血圧計を取に病室を離れました。驚いて母の顔を見ると唇の色がその数分まえとは明らかに違っています。一瞬にして駆けつけた数人の看護師さんたちが母のベッドを囲み、「個室に移しますね」と言って手早く準備をするあいだ、わたしは廊下で待っていました。個室に入ったときには、母はすでにこと切れていたようです。

逝きたいのを夜じゅう頑張って、わたしを待っていたのです。わたしの到着を確認して、旅立ったのです。さよならも言わずに…。ペースメーカーが心臓を助けているので心臓は止まらないものの、呼吸するのが見るからに苦しそうな7日間でした。1日でも長く生きていて欲しい、と望む半面、苦しみを解いて、父と兄が待っているところへもう行かせてあげたい、という気持ちも正直ありました。3週間の闘いに、力尽きた母…。通夜に告別式に、母を荼毘にふして初七日の法要と、喪主として目の回る時間がすぎてゆきました。


ときには喧嘩もしたとはいえ、母の望みどおり、母の世話をして最期を看取る、という役割は果たせたと思いますし、母は高齢でしたから兄が他界したときのようなショックはありません。が、辛いのは発作的に襲われる寂しさです。とうとう、ひとりぼっちになってしまったわけだ、と。でも、すっかり大人になった姪と甥がこれまでになく近く感じられるようになった気がします。そしてなにより、東京と横浜から駆けつけてくれた子どもたち、しかも結婚して倍の数の4人になった子どもたちが、しっかり支えてくれました。

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うちにお仏壇はないけれど(いまは義理の姉が住む両親の元の家にあるため)、母の遺影に向かって手を合わせ、コーヒーを供え、たびたび話し掛けています。お母さん、おはよう、お母さん、おやすみなさい…と。わざわざ京都からきてもらわなければならないし、とうぜん無料サービスでもないため、中陰表どおりにお経をあげてもらわないことにお寺のご住職さまはご不満ですが、わたしは仏教徒ではないのだから、わが家に連れてきた母の魂(つまり、わたしの心のなかにいる)の供養は、そういうのでいいのではないでしょうか? 


写真は、香水をつけるようなお洒落さんではなかった母が、珍しく欲しいと言ったのは、自分と同じ名前の香水、ゲランの mitsouko …。大昔、元夫がコンサートに出るためにパリへ行ったさい、母に買ってきてくれました。結局一度も使わないままドレッサーの引き出しに何十年もしまわれたままになっていたのを、わりと最近譲り受け、わたしも引き出しにしまっています(アルコールが飛んでてとても使えない)。それと、母がお見舞いにいただいた白バラです(個室を出たら病室に生の花を飾れないので自宅に持ち帰った次第)。

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p.s.

あす531日、little moa(娘とそのダンナ+kanna で結成)がセカンドアルバムをリリース!!



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by serendipity_j | 2017-05-30 22:32 | ファミリー | Comments(4)
ラストクリスマス #1(wrapping-up)
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あと2週間でクリスマス、という気が(今年も)まったくしない師走。これは年齢のせいなのか、状況のせいなのか、明るくない世の中のせいなのか?
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去年は、ほんの少しだけ、クリスマスらしい気分を味わったような気がします。母と、息子2人娘2人にも、クリスマスらしいプレゼントを贈りました。
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息子たちにはレンガ色の、娘たちにはネイヴィーのカシミアのセーターを。家にあった紙を使って簡単に、でもクリスマスらしく、ラッピングして…。
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あれこれ考えたり工夫したりしているときが、このうえもなく幸福に感じられるひとときなのです。今年はお財布にも気持ちにも、余裕なし(苦笑)。
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母の回復が思わしくなく、自宅ですごすことはとうぶん無理そう。心も宙に浮いた感じで、このままクリスマスと年末がすぎ、新年を迎えるのでしょう。

p.s.
高橋選手引退後、ひさびさにごひいきができたフィギュアスケート。メディアの話題はハニュウハニュウ(ファンではない)ですが、宇野昌磨選手(ファン)が、グランプリファイナルで2位です! 脚かえコンビネーションスピンなんか、満点の加点ですよ!! 、

p.p.s.
クリスマスカードがわりに紙にプリントしたアルファベットのツリー。じつはクイズになっています。さて、答えは?


ひさびさにコラムを更新。話題は、メイ首相をめぐるファッションと政治。あぶそる~とロンドンもよろしく。そしてよい日曜日を!

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by serendipity_j | 2016-12-11 12:12 | ファミリー | Comments(0)
月の神と紙の月
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秋は月がきれいです。わたしはよく、歩きながら太陽に向かってお願いごとをしますが、月はわたしの守り神だと勝手に決めています。

月を眺めては物思いに耽り、ギリシャやローマの神話に夢中になった思春期――月の女神とは、そのころからのおつきあいなのです(笑)。

ミラクルムーンは見られなかったものの、今月8日の満月(↓)はとびきり輝いていましたし、月のある風景(写真も)には、いつも心が奪われます。
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ところで、ボグダノヴィッチの映画で描かれたように、米国ではその昔、紙でできた月paper moon は、記念撮影につきものだったようです。

あ、そのまえに、ナット・キング・コールのが知られてますね。日本では、角田光代の小説で有名(わたしは、読んでないのですけど)。

吉田大八監督が映画化した『紙の月』が、東京国際映画祭で観客賞をとったり、宮沢りえが最優秀女優賞をとったり、なかなかの前評判です。
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そしてついに、本日公開されました。じつは、うちの娘+婿どの+ユーフォニアム奏者kanちゃんからなるlittle moa が音楽を担当してます。

サントラ盤も発売され、インストメンタルも含めて7曲担当し(たしか、そうだったような…)、4曲歌ってます。完成したのを聴くのが楽しみ。

12月4日には渋谷でライヴパフォーマンスをおこなうそうです(と、宣伝)。母としてではなく、仲間としていろいろと協力してます(ハハハ)。
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by serendipity_j | 2014-11-15 15:09 | ファミリー | Comments(0)
突然のhawaii土産
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先週の月曜日の朝、「昨夜ハワイから戻ったとこ、お土産あり」と娘からメール。何も聞いてなかったので、「お土産が届くまで信じない」と返信しました。

そのハワイ土産が、今日やっと届きました。娘のハワイ旅行は、「ひょっとしたら連れてくぞ」といわれていた社員旅行で、突然実現してしまったようです。
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詳しい話はまだ聞いてませんが、新婚旅行にも行けていないので、ダンナさまには気の毒な気がします。ま、彼にも何か素敵なお土産があったことでしょう。

で、わたしへのお土産は、バターミルク入りのパンケーキミックス。うれしいです。ダンナさまはパンケーキ好きなので、たぶん、自分の家用も買ったのでは?
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それと、ハイビスカス柄の缶に入ったクッキー。缶はこれくらい小さいほうが、絶対可愛いと思います。なかのクッキー4枚は、「ババと分けてね」とのこと。

ハワイへ行ったのはもう何十年も昔。最近は海にも水着にも興味がなく(苦笑)、最後に泳いだのはキューバのビーチ。8年前のちょうどいまごごろでした。
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パスポートはいつもスタンプだらけだったのに、今はパスポートさえもっていません。まして、どのビーチからもずいぶん足が遠のいてしまっています。

以前は、夏になれば「wanderlust」がうずうずしてきたものでした。そういえば、世界遺産になった富士山は、昨日山開き。憧れはするものの、あの混雑では…。
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そのかわり、子どものころ、東京の水道町の高台にある祖母の家から見た夕焼けのどきの富士山を、よく思い出します。これが歳をとるということでしょうか? 

ともあれ、ハワイも富士山の姿も思い出のなかでは現在形。あ、娘のお土産は愛用のクレンジングも↑。日本で買えません。遅い「母の日のプレゼント」だそうです。

Hau’oli lulai(happy july)!

p.s.
patti smith のアルバム『banga』をみすず書房のo氏にいただいたのですが、東日本大震災の犠牲者にささげられた曲『fuji-san』、いいですよ!


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フィギュア女子の安藤選手が出産していたのには驚きましたが、英国でも、ロイヤルベイビー誕生は間近です!
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by serendipity_j | 2013-07-02 23:30 | ファミリー | Comments(0)
父のビノキュラー
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今日は父の日。世の中のお父さんたちは、ふだん家族から直接感謝されることが、お母さんたちと比べると、えてして少ないようです。うちの父もそうでした。

家族のために精いっぱい努力し、67歳で逝ってしまった父に、わたしは照れ臭さのせいで最後まで「ありがとう」が言えず、親不孝な娘だったと思っています。
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父の写真は飾っていても、形見をもっていないことが長年気になっていて、先日、娘夫婦を義理の姉のところへあいさつに連れていったとき、ようやくもらってきました。

なにしろ、兄一家が実家を引き継ぎ、母が独り暮らしを始めたさいに、母は生活必需品以外を置いて出たので、何やかやが今も押し入れの中で眠っている状態です。
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兄が亡くなると、母ですら気になっているものを押し入れから取り出したいとは口に出せず、ましてわたしは遠慮すべき立場なのですが、思い切って切り出しました。

この双眼鏡は物心ついたときからありますから、形見としては理想的です。父がこれで何を見ていたのか記憶は曖昧ながら、野球観戦に使ったのはたしかなようです。
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当時の父は、外国製のカメラや腕時計など、今でいう高級ブランド品を輸入するハイカラな社風の商社に勤めていて、会社の野球チームにも所属していました。

野球の練習や観戦には兄を連れて行き、野球にも双眼鏡にも興味のないわたしは、家に置いてあるこの双眼鏡を見ると、広げたり縮めたりして遊んだものです。
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大きくなっても使う機会がなかった双眼鏡ですが、高校生のころ、双眼鏡のケースがなかなか可愛いことに気づき、バッグ代わりに持ち歩いたりしました。

あれから、時は流れ、カメラは大変化したのに、双眼鏡は基本的に昔のまま。それで、お隣の公園で野鳥を観察するたびに、父の双眼鏡を思い出していたのです。
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他界してずいぶんになり、毎日のようには思い出さなくなった父。いつも身近なところに形見があれば、感謝の言葉を心で言って、罪滅ぼしもできるかもしれません。

兄もまた、あまり感謝されないお父さんでしたが(笑)、夫婦で行ったユーミンのコンサートはこの双眼鏡で観たそうですから、兄の形見でもあります。大切にします。


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今回の話題は、6月1日に開幕した第55回ヴェネツィア・ビエンナーレです!
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by serendipity_j | 2013-06-16 14:08 | ファミリー | Comments(2)
ヨコハマ revisited #3(娘の結婚)
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今回の横浜再訪の日程は、じつは娘の彼氏くんご一家との会食の予定で決まりました。というのも、本日をもち、娘と彼氏くんは妻と夫になったのです。

また今日は、娘の面倒をみてくださった元義理の母の88歳のお誕生日でもあり、ふたりともお休みをとって、22日に婚姻届を出すことに決めていました。
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じゃ、それまでに家族が会わなきゃ、ということになり、総勢12人+あちらの妹さんのお子さん2人(英国人とのハーフ、可愛い!)が、わいわいと集まりました。

席ではお父さまから、「ほんとうは映画監督になりたかった」という意外なお話が出て、「どうしてならなかったの?」と初耳だった、妹さんの英国人のお婿さんから質問…。
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「ならなかったんじゃなくて、なれなかったのよ」とお母さま(笑)。そんな夢を捨て、かわりになられたのが検察官だったのですから、それもまた驚きです。

いまは夢がなかなか見られない世の中ですが、娘と彼氏くんは音楽をとおして知り合いました。ふたりで創るもののなかには、音楽が含まれています。
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横浜人になった息子夫婦も仕事は変わらず東京で、わたしも以前は東京に住んでいましたから、もしかしたらいつかどこかですれ違っていたのかもしれません。

それが今日から親類になったのですから、「縁」ですよね…。一堂に会した席は、彼氏くん、娘、そして息子のあいさつにほろりとさせられ、涙で締めくくられました。
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娘は仕事が忙しいときで、新婚旅行は未定。とりあえずこの週末はふたりで箱根へ。海外でのハネムーンのやり直しを夢みつつ、いまを乗り切るしかないようです。

ふたりきりでの式や、パーティもできたらしたい、と娘たちは思ってはいるものの、いまのところ何もかも未定。とりあえず写真だけは、ということで撮影も今日でした。
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日曜日、会食のまえにふたりとスタジオへ行き、撮影で着る衣装選びをしました。彼氏くんは着物が似合うタイプだし、娘も古風な花嫁姿に憧れていたので、着物に。

娘と選んだのがこれ(↓)。娘につけた名前の花とおなじ薄紫の糸を刺繍した、淡い色合いの金襴の色打掛です。それと、赤ふきに梅の文様のある、純白の白無垢。
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本番の写真はいかに――。というわけで、今日からわたしには、たのもしくて優しい息子がひとり増えました。こんな母親ですが、どうぞよろしくお願いしますね。

横浜で生まれた娘と、縁あって娘をお嫁さんにしてくれた彼氏くん、末永く幸せに。そして、マミー(元義理の母)、ありがとうございました+happy b-day!


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by serendipity_j | 2013-02-22 22:58 | ファミリー | Comments(6)
happy m-day!
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今日は「母の日」です。「父の日」はうっかり(ひょっとして故意に、だったりも?)忘れることがあっても、なぜか「母の日」のほうは忘れません。母がまだ健在であることの幸運。そして、自分自身が母親でいることの幸運。そのどちらか、あるいは両方に、あらためて感謝する日でもあります。

おかしなもので、たとえ女王さまでも大統領夫人でも、子どもをもてば母親としての悩みと喜びはみな同じ。母業ほど、苦労が多く、また報われる役割もないのでは? 「母の日」にサプライズがあったら素敵ですが、肝心なのは気持ち。母と子の絆をちょっと再認識してみる、絶好の機会なのです。

そう書くと、いいわけのように聞こえるかもしれません。スペシャルなことなどおよそしないわたしは、娘と心斎橋へいったときにバーゲン品のブラウスを買って(娘にはお皿をおねだり)、ラッピングもせずに母にわたしただけ。幸い、先月母に贈った純白の紫陽花がまだ美しく咲いていますし…。

でも、無類の花好きなのに散歩をしない母ですので、昨日、母の家へ向かう道すがら、咲いている花を摘んで、野草のポージーを作りました。うちのミニバラや苺、ナツメグゼラニウムのポージーは、自分でお祝いする「母の日」の花。ああ、やっぱり気持ちを表わすにはお花がいちばんですね。
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今年は、大震災でお母さんを亡くされた方、そしてお子さんを亡くされたお母さんと、大勢の方々がこの「母の日」に辛い思いをされていらっしゃることでしょう。でも、お母さんはすべての人の記憶のなかで、つねに偉大です。世界中のお母さんたちへ――happy mother’s day!

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by serendipity_j | 2011-05-08 11:52 | ファミリー | Comments(2)
紫苑
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いま、まさに花盛りの紫苑。もし自分に女の子が産まれたら、花の名前にしようと思っていたわたしは、娘が産まれたちょうどその時期に、実家の庭に咲いていた紫苑を思い出し、紫苑と名づけました。ロンドンに住んでいたとき以外は、うちの母が毎年、紫苑の花を送ってくれたものでした。

この名前、今でこそポピュラーになり、聞き返されることはなくなりましたが、かつては、宝塚のスターかスナックの名前ぐらいでしか耳にすることはなく、本人にとってはありがたくない名前だったようです。美しい漢字だけれど、書くには難しい漢字。しかも、「しおん」とはなかなか読まれにくく…。

それでも、響きはどことなくインターナショナル(というより国籍不明?)です。ロンドンに住んでいたころは、娘からの不満はなし。5歳のときには、アルファベットでじょうずに自分の名前を書いていました。わたしはそれが気に入り、記念に残しておきたいと考えたのが、カセットのカヴァーです。

押入れに積んだ、カセットテープの詰まった靴箱を開けてみると、そのなかにまだちゃんとありました。これを作った当時のロンドンでは、レコード店でもまだカセットが主流でしたし、ラジオから流れる曲を録音したり、cdをコピーしたりと、今とちがってパソコンで音楽を楽しむ時代ではなかったのです。
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だんだん身の回りから消えてゆくもの――紙独特の質感。昔は、こういう遊びができました。それにしても子どもの描く素朴な絵って、捨てられません。
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20+?年まえに描いた、最初のキリン。絵とともに筆跡を見ると、年をへて、だんだん上達しているのがわかります(今よりじょうずだった?)。
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古代より日本で栽培されている紫苑の花の、花言葉は「君を忘れず」――。今日はわが娘の誕生日でございます。お誕生日おめでとう、紫苑!
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p.s.
a0147281_1145447.jpg中秋の名月、予想に反して眺めることができました。その後、空模様は夜半をすぎて一転。未明にかけて雨が激しく降り、つづけさまの落雷で地響きがするという、ひどい荒れ模様となりました。










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by serendipity_j | 2010-09-24 11:26 | ファミリー | Comments(7)
adieu
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先週の土曜の朝、兄が他界しました。あと一、二週間、と主治医に告げられてから一週間にならないうちに…。昨年の「余命一年」の宣告以来、病魔との凄まじい闘いに何度も打ち勝ってきたので、今度もまた、家に戻ってくれるような気がしていました。呼吸の止まった十数分前まで看護師さんと話をしていたそうですから、本人も、まだ逝くつもりはなかったのでしょう。

亡くなる前日までそばにいられたので、心残りはありません。最初の数日は、身体を拭いたりお茶を飲ませたりのお手伝いもできたのが、ベッド脇に座って静かに本を読みながら、時折目をあげて呼吸をしていることを確認し、安堵する、そんな時間が、徐々に長くなっていました。それでも、目覚めているときの兄は、身体が動かなくてもいつもどおり。冗談をいい、家族を気遣い…。

金曜日、兄がわたしにいった最後の言葉は「明日は一時半でいいよ」。結局、ひとりで旅立ってしまった兄でしたが、ここ数年、少年野球のコーチをしていたため、日曜日のお通夜には、小学生から大学生までの野球少年を含め、予想もしないほど大勢――400人近く――の方々がきてくださり、淋しくないお別れができました。兄自身もびっくりし、喜んでいたことでしょう。

お通夜での少年たちの列は、延々とつづきました。遺影に向かって手を合わせるいたいけな姿に、涙、涙、また涙。妹として嬉しく、誇らしく、そして兄の偉大さを、初めて知ることに…。子どものころから、何かあるたびに駆けつけてくれ、いつも優しく、誰にでも、人一倍思いやりのあった兄。兄はわたしの支えでした。亡くした悲しさと淋しさは、とても言葉ではいい表せません。

兄の死は、最愛の息子に先立たれた母にとっても、わたしにとっても、これまでの人生でもっとも辛いできごとですが、心のなかに兄はいつもいますし、兄が亡くなったとは、思わないことにします――どこか、すぐには逢えない、遠い外国にでもいるのだと。けれど、この世では、もう二度と逢うことはできません。じゅうにぶんに愛されていた妹から、兄にしばしのお別れを…。

さよなら、お兄ちゃん。

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by serendipity_j | 2010-05-19 17:01 | ファミリー | Comments(2)
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